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あれから13年

今日は朝から忙しい一日で、
今ちょっとだけ時間が空いたところだ。

東日本大震災が発生してから、
もう13年も経つんだな。
随分時間が経ったものだ。
しかし、あの日の記憶は今でも鮮明に残っている。

あの日、俺は都内で仕事があって、
たまたまクルマで行っていたから帰宅難民にならずに済んだが、
電車が止まって、駅前でごった返している人たちや、
渋滞で全く動かない郊外に向かう街道のクルマ、
その街道を家に向かってひたすら歩く人々、
中古自転車が飛ぶように売れている自転車屋、
混乱している報道番組、
鮮明に記憶している。

俺も夕方5時にクルマで都心を出て、
いつもなら1時間程度で帰着するのに、
4時間掛かってやっと帰り着いた。

俺の周りには全く被害が無く、
神棚の榊立てが倒れたぐらいだった。

その後送電ルートの関係から、
計画停電のエリアからも外れ、
難儀したのはクルマの燃料だけだったが、
他人には言えない秘密の方法で上手いことやって、
何ら不自由は無かった。

当時宮城県の原発で働いている知り合いが居て、
刻々と現場の状況が入ってきていた。
そいつが居た所は非常用電源が確保できて、
事故に至らずに済んだ。

知り合いのフリーのジャーナリストは、
立入禁止を掻い潜って福一に接近したものの、
口の中が金属っぽい感じがして危険を感じ、
早々に撤退した。
そいつは今のところガンにもならず元気にしている。

関東平野にも放射線量が多い所があったり、
水道水の放射線量が増えているとの噂があったりして、
俺は影響を受けていない場所の水を汲みにいったりした。
水くみタンクが足りず、
ホームセンターに買いに行ったけど、
被災地に水タンクが全部行っちゃって、
関東に在庫が無くなっていたから、
富山の知り合いに頼んで水タンクを確保してもらって、
ちょうと大阪で用事があったから、
その帰りにタンクを確保して帰ってきた事もあった。

某代議士の私設秘書から
「福一で働く奴が居たら紹介してくれ。」
と連絡があった。
当時線量の高い福一に労働者を派遣すると結構なカネになった。
その悪どい秘書は、
後年秘書を退職した後、
詐欺罪で逮捕されて塀の向こうに行ったww。
代議士の秘書なんてのはそんなもんだ。

震災騒動の最中、
大阪に用事があって出かけたんだが、
東海地方まで来ると、
東日本大震災の影響は全く無く、
いつもと変わらない日常がそこにあって、
震災がまるで遠い世界で起きた事の様で、
不思議な感じがした。

あれから13年。
今関東から西日本にかけて、
大地震が発生する懸念がある。
東日本大震災は決して人ごとでは無く、
明日は我が身だ。
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