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バカ殿

俺が昔お世話になった会社が破綻した。
破綻したのはもう5~6年前だ。

その会社は、先々代が今から45年程前に商売を起こし、先代が法人にした。
先代は地元の市議会議員も務めた人だったが、不慮の事故で急逝してしまった。

俺が世話になって居た時、社長の事を皮肉を込めて「殿」と読んでいた。
正式には「殿」の前に「バカ」がついていたが、それはさすがに言葉に発しなかった。

殿の家は、小早川家の血筋を汲む家柄で、地元ではお大尽だった。
殿は姥に育てられ、大きな家で育った。

殿は子供の頃から崇め奉られていたから、人に頭を下げると言う事ができなかった。
一般の人をどこか見下していた。それが態度からにじみ出ていた。

地元でも有数な高校へ入り、親のコネで大学にも進学した。
だけどいずれも実力で入った訳ではないから、遊んでいたばかりだったらしい。

殿は大学を卒業した後、先代のコネで建設会社に入社した。
営業部に配属されたが、根性などないから半年で逃げ出した。

その後手芸店店員をやっていた20代後半、先代が不慮の事故で急逝して、
急所長男である「殿」が社長に就任した。

しかし手芸店店員の男に経営の事は分からない。
手形が回ってきていた。その処理もできない。
そこで地元で商売をしていた殿の叔父が会社に入り切り盛りした。

殿は何もできないから、毎日ゴルフで遊んでいた。
だからゴルフは人並み外れて上手い。

時代はバブル期に入り、誰がどんな商売をしても上手くゆく時代になった。
そんな時、殿の所に病院を経営しませんかと言う話が舞い込んだ。
本業は叔父さんが切り盛りしていて、殿は手が出せなかったから、
殿はその話にのった。

しかし病院経営は上手く行かず、莫大な損失を出して病院は人手に渡った。
しかし時代がバブルだった為に、破綻は免れた。

その後殿は、ガソリンスタンドを始めたり、写真屋を始めたり、ホテルを始めたり、
本業以外に多角経営を始めた。

そのいい加減さに助けに来ていた叔父さんは呆れ、会社を去った。
叔父さんがいなくなると、殿は経理の事などまるで分からない。
そこで、知り合いの代議士の秘書をしていた、元銀行マンを経理の責任者として会社に迎え入れた。

俺はその元経理マンにスカウトされた様な形で、殿の会社に入社した。
俺が入社した頃は、会社には入れ替わり立ち代わり殿に面会にくる客が居た。
いずれも殿を巻き込んで金儲けをしようとする輩達だった。

俺が入社した頃は、本業は何とか黒字、ホテルはトントン、ガソリンスタンドと、写真屋は大赤字。
時代はバブルが崩壊して、リストラなんて言葉が流行っていた。
だから赤字部門を切り離せば良いのに、
殿はそんな事をしたら世間から「あの会社は景気が悪いと思われる。」として、
頑なに赤字部門を切らなかった。だから赤字はどんどん累積した。

資金繰りは悪化して自転車操業でも足りなくなってきた。
そこでホテルを新たに建設して、オーバーローンで資金を引っ張り、
資金繰りをなんとかしようとしたんだが、オーバーローンした金は、殿の懐に入って消えた。

それを見て呆れた経理責任者は会社を去った。
以後、金融機関や経理の分かる人が居なくなった。

それから会社の経営はどんどん悪くなり、
しまいには親戚や社員が持っている土地を担保に金を借り入れたり、
やくざ者から金を借りるまでになった。
以前はあれだけ入れ替わり立ち代わり来ていた客も、ぱったり来なくなった。
来ていたのは、いかにも怪しげな輩ばかりだった。

そして本業にも支障が出るようになって、俺はその会社を去って独立した。

その後殿の会社は、金融機関から差し押さえを食らって土地を取られ、
ノンバンクから金を引っ張ろうとしたが失敗して、最終的には資金繰りに詰まって破綻した。

調子の良かった頃は、黒塗りの高級車に運転手を付けて後部座席に収まっていた。
昼食は決まって、会社の隣にあった料亭の弁当を食っていた。
女子大生の愛人がいたそうで、運転手が時折二人を空港まで送って、
口止め料を貰っていたが、そんなもの社内には筒抜けだった。

もともとお坊ちゃまで、汗をかいた事が無い人だったから、自分では何も出来なかった。
還暦近くで破綻した人を雇ってくれるところもなかった。
一時誰かの紹介で、どこかに勤めていた事もあったそうだが、長続きしなかったそうだ。

今は家も抵当に取られ、元屋敷の一角だけを母親の為に何とか残してもらい、
親戚の助けを受けて高齢の母親とひっそり暮らしているらしい。

殿の家の近所に住む元社員は俺に、
「今会ったら、どこの誰だか分からないぐらいに老けちゃったぜ。」
と言っていた。

哀れだとは思うが、それがその男が歩んだ人生の結果だ。
俺からしたら、すごく羨ましい環境にあったのに、全て食い尽くしてしまった。

余計な事をせず地道に商売をしていたら、大金持ちでは無くても
生活には困らないぐらいの事はできただろう。

最近聞いた噂では、役所の仕事で、
どこかのターミナル駅で「振り込め詐欺注意」のビラまきの仕事をしているとの事。

栄枯盛衰なのだ。

殿から学ぶ事は沢山ある。
最初からお神輿の上に乗っていた人は、それ以外には何もできない。
人間、汗をかいて泥を被る様な経験をして来なければ、
一人になった時に何もできないのだ。


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